ボリス・アクーニン「アキレス将軍暗殺事件 ファンドーリンの捜査ファイル」

アキレス将軍暗殺事件 (ファンドーリンの捜査ファイル)

アキレス将軍暗殺事件 (ファンドーリンの捜査ファイル)

日本での駐在を終えモスクワに帰ってきた若き外交官ファンドーリンは、すぐさま英雄的将軍が不可解な状況で死亡するという事件に遭遇、必死に隠蔽しようとたくらむ一派の妨害工作をはねのけながら捜査を進めるうちに、混沌とした権力争いと謎めいた暗殺者の存在が明らかになる。

やはりこの作家は素晴らしい。前作では5人の登場人物がそれぞれの視点で語るという趣向だったが、本作では物語を前半と後半に分け、前半ではファンドーリンの視点から、後半では暗殺者の視点から、一見すると全く別の物語を語ってゆく構成が取られ、そして最後の部分ではその2つの物語が交錯する。本作を最も特徴づけているのは、おそらくこの二つの物語の全く違った語り口と雰囲気であり、それが最終章で見事にぶつかり合う手際の良さであろう。ファンドーリンの物語は、極めて貴族的、高踏的かつ、決して賭に負けることがないという特徴に示されるように超人的なものであり、暗殺者の物語は、若くして両親を惨殺され、親戚に暗殺の技法を教え込まれた、一種のテロリストの物語である。この2つの物語が、モスクワという、権謀術数のうごめくある種の「魔都」で、熾烈な交錯をおこす。これは探偵小説である以上に犯罪小説であり、また極めて都市的な小説でもある。ほんとうにモスクワの人たちはこんなにもスパイに勤しんだり裏切ったりしているのか、なんとも判断のしようが無いのだが、一方で、19世紀後半のモスクワという、作家の想像力の中に蘇った近代の都市の姿は非常に鮮烈であり、新鮮である。この辺りに関しては巻末の解説「「失われなかったロシア」を求めて」に詳しいのだが、この解説もまた秀逸。予定があるのかどうか全く分からないが、はやく次も訳されないかなあ。