ヘニング・マイケル「目くらましの道 上・下」

目くらましの道 上 (創元推理文庫)

目くらましの道 上 (創元推理文庫)

目くらましの道 下 (創元推理文庫)

目くらましの道 下 (創元推理文庫)

菜の花畑で少女が焼身自殺するのを目撃してしまった主人公のヴァランダー警部は、その驚きさめやらぬうちに、元法務大臣が殺されて頭皮をはぎ取られるという猟奇的な事件を担当する羽目になる。この、頭の皮剥殺人事件は連鎖して行き、警部は少ない人員でなんとかやりくりしてゆくのだが、その合間に娘や父親の問題が勃発し、大変困難な状況に陥ってしまう。

この作家を読むのは初めてで、2冊組なので最近まで手に取るのがためらわれていたのだが、なにしろスウェーデンの警察小説とのことで、最近ロシアの推理小説がとても面白かったこともあり、なんとなく気になって手に取ったのだが、これが大当たりでした。まず、固有名詞がとてもエキゾチックで楽しい。主人公の名前の発音からなんだかあやしいのだが、地名がまずよく分からなくて、ヘルシングボリやマルメはまだよいが、シムリスハムヌやビュレシューやスツールップなどになるととっさに頭の中で発音すらできない。人名もまたわかりにくく、そのせいか誰が誰やらさっぱり憶えることができないのだが、それもまた面白い。物語自体は、頁数はずいぶんあるものの、その長さを感じさせない極めてリズムよく、また非常に練り込まれて緻密に構成されたもので、読み進むうちにどんどん引き込まれてしまう。また、主人公の造形がとても良い。なにか、スウェーデンって田舎なんだろうなと思わせる、極めて素朴で木訥であり、非常に中年のおじさん的な思考を感じさせる発言を繰り返すのではあるが、純粋さを感じさせる人柄なのである。なぜこのような少数の人員で捜査を行うことに主人公がこだわるのか、全く理解ができないのだが、その辺りの雰囲気も面白い。また、風景や季節の描写が、どことなくやはり理解を超えている。このような様々な違和感が混ざり合って、本作の全体的な印象をとても鮮やかで新鮮なものにしていると感じた。事件自体は異常に陰惨であり、読んでいて目を背けたくなるような瞬間も多々あったのだが、それでも読後の感覚は非常に爽やかで不思議な感じがしたのです。しかし、この「ハードボイルド」小説的不思議な口調の会話文はどうにかならないのだろうか。「それで、きみは何を知りたいのだ?」とか、「だが、そんな時代はもう終わったのだと思う。われわれが生きているいまという時代は、もっと全体的で、もっと混沌としたものなのではないか」みたいに、冗談としか思えない言葉で主人公は話すのだが、これはどうなのかなあ。むしろ、もっとくだけた口調が本当なのではないか。だって、あんまりこれは「ハードボイルド」的な小説だとは思わないのだが。主人公の造形も、こんなあぶない雰囲気を漂わせているようなものではないと思うぞ。