野尻抱介「沈黙のフライバイ」

沈黙のフライバイ (ハヤカワ文庫JA)

沈黙のフライバイ (ハヤカワ文庫JA)

宇宙と地球の間あたりで起きる出来事を中心に扱ったSF短編集。宇宙からのメッセージに関する表題作「沈黙のフライバイ」、惑星の地表で観察された蛇行模様とそれにこだわるSF作家を描いた「轍の先にあるもの」、火星探査船を襲った悲劇と喜劇「片道切符」、人体に装着することでほぼ完全に閉鎖環境系的環境を作り出すことのできる気密服にまつわるいくつかのエピソードを描いた「ゆりかごから墓場まで」、凧にのって宇宙に到達することを考え出した大学生の健闘を描く「大風呂敷と蜘蛛の糸」の5編収録。

SFというものは、少なくともある時代は完全に戦争のメタファーであり、現実の国名や兵器名を使うと甚だしく興醒めなため、SF的シチュエーションにおいて疑似戦闘場面が盛んに描写されていたと思うのだが、その意味において、本作を読みながらSFもずいぶん遠くへ来たもんだとしみじみ感じたものでした。一番面白かった、というか興味深かったのは「轍の先にあるもの」で、これは惑星探査船の送ってきた写真をもとに主人公であるSF作家が夢と想像と妄想をふくらませ、数十年後にその想像を確かめる機会を手に入れるというもので、作者の注によれば本作は科学者達のディスカッションまではある程度事実の記録であり、それ以降は作者の想像であるらしい。勢い、作品全体の雰囲気は落ちついたルポルタージュ風のものとなり、なにか石黒達晶氏の小説のようなメタフィクショナルな雰囲気も漂う。この、ある種「SF」というジャンルを明らかに飛び越えたところの物語の面白さが、非常に印象深く楽しめた。他の作品も、なにかSFというよりはSF的舞台を使いながら語られる様々な物語といった風で、極限状態に置かれた二組の夫婦の話などは非常に鋭い切れ味を感じさせ面白かった。しかし、同時に思うのはある種のSFにお約束の設定の面白く無さで、例えば表題作は頼りになる男性の上司にあこがれるひたむきで純真な若手女性科学者の姿、または最後の独創的で並み居る教授陣を天然の発想力でもってねじ伏せ黙らせる女性大学生など、なんだか興醒めしてしまってたまらない。このような「典型的」な描写をしないと物語は納まらないのか、それともこれが「SF的」なるものなのか、なんだかよく分からない。