姜尚中「ニッポン・サバイバル 不確かな時代を生き抜く10のヒント」

自分がある種の問題に対して態度の表明を求められた時に、「逃げず、しかし頑にならず、しなやかに対応する手だて」を、お金、自由、仕事、友人関係、メディア、知性、反日、紛争、平和、幸せの10のトピックごとに述べたもの。

姜尚中氏といえば、現代日本の輝ける知性の一人というか、この人がいるからまだ日本は戦争にも極端な人種差別主義政策にも転換せずに、ある程度の理性を保っていられると思わせる人々のうちの一人なのだが、いかん姜先生の文章は難しい。こちらの不勉強故か、「政治学入門」など「入門」とかかれているのにさっぱり理解することが出来ず、思想のフロンティアシリーズの「ナショナリズム」も大変難解であった。しかし、それらとは別に一連の軽い読み物風の著作もあり、例えばテッサ・モーリス・スズキ氏と共著の「デモクラシーの冒険」はとても読みやすく、森巣博氏との共著「ナショナリズムの克服」は抱腹絶倒の快著でした。そして本書は読み物風の著作の最右翼に位置するであろう、異常に読みやすくわかりやすい本でした。狙いはどのあたりにあったのかなんとなく想像すると、おそらくこれでもかと思うような読者寄りの語りをしないと、一般の読者は読んでくれず、手に取ってもくれない、そのような思いがあったのではないか。結果としてこの本は読者にべったり寄り添うような筆致と内容になっていて、わかりやすく楽しいのだが一抹以上の不安と違和感が感じられる。おそらく読んだ人は誰でも感じるとは思うのだが、なんだか人生のハウツーもの、部分によってはある種の宗教的読み物にも通ずる、なにか思考を放棄させ著者の思考をそのままコピーすれば良いかのような、知的努力の放棄へと向かうベクトルが感じられてしまう。しかし、内容自体は結構考えさせられ、そして極めて妥当かつ共感できる記述に満ちている。結局、何かを他者に伝えると言うことは、その内容と受け手の思考の違和感やずれこそが、相互理解を深め、また時には阻害する要素となるのだろうと思うのだが、本作では姜尚中氏はぎりぎりのところで綱渡りをしているように思う。しかし、もしかしたらこのような手法が必要なのかも知れない。何も考えずに本書の記述を信じ、コピーしても、それ以外のあれやこれやの記述を鵜呑みにするよりは、まだ社会にとって有益だと、そう考えることもできる。だとすれば、これは現在の政治的・思潮的風潮に対する、相当皮肉に溢れた警鐘の書なのかも知れない。