ロイス・マクマスター・ビジョルド「遺伝子の使命」

遺伝子の使命 (創元SF文庫)

遺伝子の使命 (創元SF文庫)

宗教上の理由より男性のみが移住した惑星では人工生殖技術により男性のみが生まれるようになっていたのだが、その惑星出身の若い医師が惑星の特命を帯びて宇宙ステーションに派遣され、そこである国家のスパイ戦略の破綻に関係する策謀に巻き込まれ、さんざんな目に遭う話。

いつものマイルズシリーズだが、本作ではマイルズは登場せず、マイルズ艦隊の女性仕官エリ・クインが主人公である青年医師を助けたり利用したりする主要キャラクターとして登場する。物語自体はどうということのない愉快で明るく、単純で一本道の構成なのだが、しかしこの物語は同時にとてもおかしな雰囲気を漂わせていて、その理由は主人公の青年を視点の中心とした三人称の語り口にある。この青年は他の惑星から遠く離れた場所で生まれ育ち、男性をパートナーとして生きるという設定で、多少込み入ってはいるが基本的には男性のホモセクシュアルな生き方をデフォルトとして捉え、女性には宗教的な理由より恐れを感じる。この青年と、極めて乱暴で自己中心的なエリ・クインの織りなす物語は、それがいかに凡庸な展開であり結末が予測可能であろうとも、なにかねじれた、非常に批評的な展開を見せる。で、これが面白かったのかというと、とても面白かった。よくもまあこんな凡庸な物語をここまで深みのあるものにできるもんだと、ただただ感心するばかりだった。非常に多作な作家なのに、このクオリティーは凄いなあ。