ロイス・マクマスター・ビジョルド「スピリット・リング」

スピリット・リング (創元推理文庫)

スピリット・リング (創元推理文庫)

中世ヨーロッパの実在の都市を舞台に繰り広げられる魔法合戦物語。魔力を吹き込んだ鋳造品を造ることのできる親方とその娘は、他国からの侵略に巻き込まれて逃げ出すのだが、その間に死亡した親方の死体と魂が敵の手に奪われてしまい、邪な指輪に納められてしまいそうになる。それを娘とスイスの田舎からやってきた鉱山掘りの二人が食い止めようとする話。

「チャリオンの影」がとても良かったので、書店に平積みされていたこちらも購入。趣はだいぶ異なり、「チャリオン」では神や魔法の威力が極めて抑制的であったのに対して、こちらは霊魂は呼べば鍵を開けてくれるといった調子で、ずいぶんあっけらかんとしているというか敷居が低い。物語自体もなんだか牧歌的で、失せ物探しに長けたスイス人の若者は神の思し召しと思われる計らいにより主人公の娘と巡り会うなど、水戸黄門的予定調和をはるかに超えた安心感のある親切設計で、まったくはらはらすることなく楽しめる。しかしやはりビジョルドの文章と物語の上手さには感心してしまうのだが、最小の導入からしてとても素晴らしく、何の説明もなくはじまる親方と娘の会話文に多少とまどいつつも引き込まれ、あっという間に物語の世界に自分の視点が着地しているのに気づかされる。物語と登場人物の設定が先に立つ類の小説だと、非常に苦しい解説的設定説明が延々と続き平行することもあり、この流れるような物語への導入とその後の展開には、非常に心休まるというか、読書の楽しみを感じることができる。ちょっと厚めの文庫ではあったが、その厚みを感じさせることなく非常に楽しい時間を過ごすことができました。最初はもうちょっと悪者は非人道的な造形かと思ったのだが、意外と人間味があったのが面白かった。