ロイス・マクマスター・ビジョルド「チャリオンの影 上下」

チャリオンの影 上 (創元推理文庫)

チャリオンの影 上 (創元推理文庫)

チャリオンの影 下 (創元推理文庫)

チャリオンの影 下 (創元推理文庫)

中世ヨーロッパのような場所を舞台としたファンタジー政治小説。敵国に囚われの身となっていた男が祖国に帰国してお姫様に仕官するが、彼女は謀略結婚に巻き込まれてしまう。その謀略結婚を阻止すべく、主人公は決死の魔法攻撃を仕掛けるのだが、謀略の中心にいる男や王の血統にも、なにか黒々としたよこしまな魔力のくびきが感じられる。

ビジョルドという作家は、あの虚弱体質の若者を主人公としたSFシリーズで知ったのだが、当時そのシリーズはずいぶん細々としか邦訳されず、その質の高さもあってずいぶんとじっくりと物語を構築する作家なのだなあと思っていた。その後アメリカの書店に行く機会があった時にびっくりしたのだが、どうやら一年に1冊くらいのペースでどかどか書く作家らしく、棚の一列がビジョルドで埋まっていたのである。なんだ、良作のみを翻訳していたのかとも思ったのだが、考えてみると多作な作家の作品の質が悪いということは、想定としては端的に間違っている。山田風太郎氏や山田正紀氏を見れば分かるように、やはり物語が書ける作家はどんなに量産しても、ある一定の質は保ててしまうのである。本作をよんでその思いをいっそう強くしたのだが、物語のテンポと言い構築の力強さと言い、やはりとても質が高い。内容的にはこれ以上はないと言って良いほど典型的で、ある意味期待を裏切らない展開が続くのだが、それでものめり込み勢いよく読んでしまうのは、やはりどこを切ってもビジョルド的世界観に満ちあふれ、非常に密度の高い仕上がりになっているからだと思う。例えば、本作に置いても主人公はよれよれで自信がなく、英雄的な行為をするくせにどこか危なっかしい。また、物語の展開自体は悪い人たちがやっつけられ良い人が最終的には祝福されるという、これまたビジョルド的予定調和に満ちあふれ、決して不安な気分や落ち着かない気分で本を閉じることが無い。面白かったのは魔法の扱われ方で、なんとも律儀というか、都合良くも融通の利かない神様たちの能力の発揮のされかたには、なにかほほえましいものもあるのだが、非常に抑制的という感じもして物語にしまりを与えている。というわけで非常に楽しみました。