芦原すなお「わが身世にふる、じじわかし」

わが身世にふる、じじわかし (創元推理文庫)

わが身世にふる、じじわかし (創元推理文庫)

八王子に住む小説家とその妻の元には、料理を楽しみに友人の警察官が足繁くやってくるのだが、そのたびに警察官は難事件の相談を行い、いやいやながら小説家の妻はその事件に的確な解決を見出して行くシリーズの第3弾。今回は離れで殺された詩人の話、ニューヨークで起こった俳優の惨殺事件、老人の失踪と誘拐事件、輸入家具会社の会長の年の離れた妻の殺人事件、プロレスの試合中に起こった殺人事件、妻に先立たれた精神科医の不可解な首つり事件の計6編収録。

本シリーズは、おそらくそののんびりとした雰囲気と、異常に細かく偏執的な食べ物へのこだわりが特色とされるのだろう。確かに、毎回毎回主人公の小説家は田舎風カレーやちらしずしなど、何かの食べ物に対し非常な執着を見せ、その作り方をこまごまと思い返すこととなる。また、風景描写など、非常に叙情的な雰囲気も、なにか本シリーズを心休まる、また心温まるものとしている。また、名探偵役が主人公の妻であり、この人が極めて心優しく、殺人現場など凄惨な描写は聴くこともできないという設定も、本作を極めて(解説によれば)「母性的な」ものとしているらしい。しかし、他の芦原作品を読めば分かるように、彼の描く推理小説は一貫して死のイメージ、静謐な静けさと冷たさに溢れていることが特徴である。その意味で言えば、本作もあからさまに血みどろな現場、死体の山々に覆われていて、それが上記のような「暖かい」雰囲気と極めて異質な対称をなしている。そしてこれこそが本作のぎこちなさであり、面白さを形作っているように思える。そこから考えると、主人公の茫洋として時に悪夢に襲われてしまう日常的な考察は、これはある意味死後の世界か、はたまた死者の世界に思いをはせているようにもよめ、なんとも体温の下がる雰囲気すら感じられる。まあ、それはそれとして普通に面白い作品であることは間違いないのだが、我慢がならないのは解説で、本作を「抜群の料理描写や軽妙な会話シーン、導入部の枕詞のような省察と、様々な魅力のつまった本シリーズであるが、それらを大きく包んでいるのは母性的なやさしさのように思えてならない。」と書いているのはまあ良いとして、その直後に「などと書いているとフェミニズム的文芸批評じみてくるけど」などと書いているから訳が分からない。典型的なマザコン的読みを展開しながら、それがどのように「フェミニズム的」なる文脈と結びつくのか、不思議なことを書く人もいたものだ。