水森サトリ「でかい月だな」

でかい月だな

でかい月だな

友人に崖から突然蹴り落とされて瀕死の重傷を負った少年は、その少年に憎悪の念を燃やす家族に何か違和感を持ちながら学校生活を再開させるのだが、一学年遅れたクラスの中で機械オタクの少年や無口で異常に敵対的な少女を発見する。そんな中、なぜか家族やクラスの人々が異常な善意に目覚めはじめるという状態が発生し、主人公は空飛ぶ魚の幻覚を見始める。

物語自体は何か茫洋とした雰囲気が漂うが、言葉遣いや文章はしっかりと構築され歯切れ良く爽快。書店で数頁立ち読みするだけでいきなり物語の世界に引き込まれ即購入、大変良い買い物だった。基本的には中学二年生を主人公にした、発見と気づきの物語なのだが、その主人公の持つ視点は中学生というある種のステレオタイプから大きく飛躍している。しかし、その飛躍の方法も、よく見られる生活に疲れた成人男女のものではないかと感じさせられるようなものではなく、なにか非常にいわゆる「中学生」的な視点を脱構築した中での、とても素直に納得できる雰囲気があり、とても好感が持てる。主人公は加害者の少年に悪意を発する人たちに違和感を持ち、その後物語の展開とともに「善意」を発揮しはじめる人々にも違和感を感じる。なにかこのあたりの少年の思考が、非常によく分かるのだけれども、それをここまで上手に書いた文章はあまり見たことが無く新鮮だった。また、登場人物の造形もとても良い。バスケ少年、機械オタク、毒舌少女と、にぎやかなのだがどこか冷たく沈んだ心を持った人々、それは物語に重くのしかかる要素ではあると思うのだが、予定調和で幸せな過程と結末が決定された息苦しい世界よりははるかに清々しく救いがある。加害少年との再会のプロセスにはなにか息切れしたというか、物足りないものを感じてしまったが、それでも全体としては走るように読まされた、とても爽快な作品でした。