古野まほろ「天帝のはしたなき果実」

天帝のはしたなき果実 (講談社ノベルス)

天帝のはしたなき果実 (講談社ノベルス)

日本が軍隊と華族制を維持しているパラレルワールドの、名門私立ブラスバンド部に所属する男性主人公が、親友とその彼女が惨殺されるという惨事に遭遇し、その後も色々と大変な思いをする羽目になる話。

まあ、題名からし中井英夫のオマージュな訳で、読み始めはどうしても物足りず非常にフラストレーションがたまる出だしでした。そもそも、最初の金管アンサンブルの合奏風景からしてとても受け入れがたい物があり、このような要素還元的な指導方法は決して優れた音楽家のすることでは無いと感じられる。しかも目指しているのがコンクールだからねえ。美しさもなにもあった物ではない。中井英夫の言葉には相反して、言葉と世界が多少腐り気味なのでは無いかと感じられ、正直ページをめくる手は加速し物語にはのめり込むことができなかった。しかし、中盤からこの物語は不思議な盛り上がりを見せる。なんとも不思議なのはまず共学というシチュエーションでホモセクシュアルな雰囲気が漂わされることで、これはなかなか新しい試みだなあと感心した。また、全編に漂う極めて開けっぴろげなセクシュアルな雰囲気も、中井英夫のそれとは全く異なる品のない物だが、なんだかここまで書かれると面白い。そして何よりもびっくりしたのは、この作品は全く推理小説では無く、驚くべきトンデモアクション小説だったことである。この終盤にかけての異様な展開(というか脱線)はなかなかに力強さを感じさせられ、正直結構面白かった。物語自体は上滑りな雰囲気もあり、登場人物もなぜか憶えることができないくらいに影が薄いのは、これは作者の力量の至らなさではないかと思う。しかし、文章はそれでも雰囲気があり、ここまで書き込めることはそれだけでそれなりに価値があると思う。今後どのような作風になるのかは分からないが、次作がとりあえず楽しみです。でも、あまり人に勧めようとは思わないなあ。。