ジェームズ・アンダーソン「切り裂かれたミンクコート事件」

切り裂かれたミンクコート事件 (扶桑社ミステリー)

切り裂かれたミンクコート事件 (扶桑社ミステリー)

前作「血染めのエッグ・コージイ事件」と同じ伯爵一家、邸宅が舞台。今度も謎めいた登場人物達が一堂に会した夜に殺人事件が起こるという、決まり切った展開。それなりに楽しめる。

前作に比べ、外交上の陰謀などおどろおどろしい舞台装置は姿を消し、こんどは邸宅を映画の舞台にしようとするプロデューサーと俳優、脚本家と、伯爵家の一人娘に求婚を迫る二人の青年が主たる訪問客となり、結果極めて世俗的な関心事が物語を牽引することとなる。なんだか読み始めはほら話的な馬鹿馬鹿しさが影を潜め、物語のスケールは一気に小さくなったような気がしたのだが、読み進むうちに前作以上に物語にのめり込み、予想以上に楽しめてしまったのは、この物語の雰囲気がそもそもこのような与太話に非常に合致するものであったのか、または小粒な挿話が意外と繊細に構築され、物語の厚みを感じさせたためなのか、よく分からないが面白かったから良かったです。正直言った本書を買ったのは、前作が面白かったためではなくタイトルがあまりにもどうでも良く馬鹿馬鹿しかったからなのだが、前作よりこっちの方が良かったなあ。基本的にはこの小説はイギリス貴族社会を元ネタにしたパロディーだと思うのだが、その意味では本作の方が冗談の質が高く楽しめた。正確には覚えていないが、青年が求婚者に向かって自分は「紳士階級」では無いと告白し、求婚されている女性が「教育は偉大だ」と嘆息する場面は、イギリス的階級制度と身分差別制度を笑い飛ばし脱構築する、高等なパロディーだと思うのだが、読み方はあっているのだろうか。逆にそう思わなければあまりまじめには読むことのできないシリーズだとも思う。