谷原秋桜子「天使が開けた密室」

天使が開けた密室 (創元推理文庫)

天使が開けた密室 (創元推理文庫)

外国で突然消息を絶った父親を探しに行く旅費を稼ぐためにアルバイトに励む女子高校生の主人公が、半ば押しつけられた葬儀屋の仕事中に出くわした密室殺人事件の話。インターハイを間近に控えた友人が巻き込まれた誘拐事件のお話も収録。

あまりにも単純で典型的な登場人物、大げさな台詞、一人称による多分に感傷的、というか起伏の激しすぎる感情の吐露など、ああ、これが「ライトノベル系ミステリ」かと、深く納得することができた。表題作ではない、同時収録された「たった、二十九分の誘拐」は、その軽さと展開の早さが物語の構造ととても良く整合し、なかなか楽しめることができた。しかし、残念ながら表題作はとても楽しく読めるようなものではなく、何とも後味の悪い読後感が残る。一つには物語の世界が大味すぎるというか、甘すぎる。主人公が葬儀屋のバイトを押しつけられる経緯も、自然に考えれば全く常識的ではなく、少なくともコンビニの店主の対応は一般的には考えられない。また、主人公を含め登場人物の性格付けがあまりに単純、単調で、なんだか不気味ですらある。ヒールキャラクターは単にヒールキャラクターであり、それは登場人物評に割り振られた性格特性をそのままなぞったものでしかなくなんだか不愉快。なんというか、人間的ではないような気がする。また本作のいわゆる名探偵の青年も、二十歳とは思えない幼稚さをにじみ出しているのは、これは一体なぜなのだろうか。風邪を引いた彼の元に主人公の少女が看病に出かけるのだが(この設定もものすごいと思うのだが)、その際のやりとりはこんな感じ。「「ねえ、熱があるんでしょう。ちゃんと計ってみたの」/「……うるせえ、なあ」/顔を背けながら、修矢が言った。/「さっさと帰れよ。お世話焼きババアめ」/「何ですって!」/それを聞き、全身の血が沸騰した。」なんというか、これをどうやって大学生の台詞として読み取ればよいのか、僕には全く分からない。これでは高校生くらいまでの読者層しか、獲得することができないのではないか。作者の今後のマーケット戦略が心配だ。また、これは些末な話だが、巻頭にある見取り図を見ると、霊安室放射線検査室が同じ廊下に隣接してあるが、これも極めて不可解なプランだ。その先には診療室があるので、遺体搬送動線と患者動線が同じになると言う設計か。診察の待合室が廊下にあるとすると、遺族が検査待ちの患者と顔を合わせることになるのか。厳しいなあ。。唯一気になったのは、本作で持ち出されるトリックの一つが、山田正紀氏の女囮捜査官シリーズで使われていたものと同じだったこと。作者は山田正紀氏を読んでいるのかなあ。