斎藤美奈子「読者は踊る」

読者は踊る (文春文庫)

読者は踊る (文春文庫)

(おそらく)1980年代から1990年代後半にかけて出版された本をつまみに、その内容とそれにまつわるおかしな言説を笑い飛ばし書き飛ばしたエッセイ集。

タレント本とはいまや私小説の純然たる末裔であると言うことを、唐沢寿明の「ふたり」や石原慎太郎「弟」を題材に論じたエッセイからはじまり、辺見庸の「もの食う人びと」ののんきさとその正反対の宣伝のされ方を論じたり、クラシック評論の稚拙な文章力(吉田秀和とかね。そういえば最近勲章をもらっていたな)に驚嘆したり、聖書の翻訳の違いを研究したり、「パラサイト・イブ」の参考文献が利己的な遺伝子ドーキンスではなくトンデモ作家としてその筋では有名な竹内久美子であることに興味を持ったり、全共闘白書という全共闘の思い出の書に大笑いしたりしている本。目先の転換の素早さと、発想の転換の柔軟さに読んでいる時は納得し感心することしきりで大変楽しめた。語り口が多少乱暴であり、おまけに文章も多少乱暴なところがあるのが気になりはしたが、その実主張は極めてよく練られていて周到である。書き飛ばしたと書きはしたが、それは文章の勢いが良いと言うことであり、内容的には決して書き飛ばされていない。なかなか面白い。一方で、このような本を読むと何とも落ち着かない気分になってしまうのだが、いったい作者の主張はどこにあるのか、何のためにこの本を出版したのか、ということがある。後書きに著者は「ある時期の本と、その向こう側にある世間の気分を、ともあれ写し取っているのではないかと思う」と書き、文庫版後書きには「今度は風俗資料的な価値が出る」とも書いているが、本当にそれだけなのか。またはそれだけで良いのか。なにかこの辺の踏み込みのおそらくかなり意識的で確信犯的な甘さが、この本にはつきまとう。唯一思い切って踏み込んでいる箇所が「お子様用の学習まんがで手っとりばやくお勉強」と題された「学習まんが」に関する項で、これはいきなり「サルでも描けるまんが教室」が引用されている事からして力の要れ具合が違う。これは力強いと思って読んでいたら、どうやら著者は「学習まんが」の編集をしていたことがあるらしく、思い入れがあるみたい。なんだかとても面白かった。