仁木英之「僕僕先生」

僕僕先生

僕僕先生

後の玄宗皇帝が李隆基と呼ばれていたころ、官僚を退職した親父の元で何もしないことを心から楽しんで過ごしていた青年は、親の使いで仙人と呼ばれる人物の元にお使いに出るのだが、その人物は少女の姿をした不思議な人で、結局彼女と一緒に中国はおろか世の果てを飛び抜けたたびに出る羽目になる。

さすが日本ファンタジーノベル大賞受賞作だけあり、異常に質が高い。文章はしゃべりすぎることなく硬く堅実で、中国の史実に対するあれやこれやの引用や言及も手堅く心地よい。それでいて主人公と仙人の少女の会話文は極めて現代風というか、これは「キャラ萌え」を狙ったのではないかと当初嫌な予感が襲ったくらいなのだが、それもだんだんと落ちついて行き、物語としての納まりの中に見事に回収されていったのは、果たして狙い通りと言うことなのだろうか。そうならばこれはなかなかの芸達者というか、あざとすぎるような気もするが凄いものである。話の全体的な流れの中で、年齢がおそらく数千歳にもなろう仙人と27歳程度の青年とのプラトニックな(つまり劣情の滲み出る)恋愛が常に浮き沈みするのは気色悪くもあるが、この何とも言えない違和感がまた物語に深みを与えているとも感じられ、物語の最後の展開にはうっかり感動してしまった。このような、消え入るような、飛んで無くなるような文章の爽やかさというのも、何とも永井荷風久生十蘭を思い起こさせ、ただただ感心したというか、とても楽しい時間を過ごすことができた。今後もこのような柔らかく骨太の作品を書いてもらいたいものです。三木謙次大先生の装画・挿絵も素晴らしい。