津原泰水「ブラバン」

ブラバン

ブラバン

ブラスバンドで弦バスを弾いていた主人公は現在は売れないバーのマスターなのだが、そこへ突然かつてのバスクラ奏者の死が伝えられる。それをきっかけに彼のバーにはかつての仲間が集まりだし、ついにはバンドを再結成する動きも始まる。その中で、彼は次々とブラスバンド時代の出来事を思い出しはじめる。。。


あまりにも心を打たれてしまうと、言葉を失うというか、書き留めておくべき印象を探し出すことすらできなくなると言うか、そんなことがたまにあるのだが、本書は僕にとってまさにそのような出来事だった。それは当然僕が中学高校と吹奏楽部で音楽をやっていたことに関係し、そのため本書で描かれるエピソードがこちらの心の弱いところを次々に直撃していったためなのである。


本書は基本的には一人の器用な少年を軸とした群像劇である。けんかっ早いクラリネットの不良少年は家庭の事情で転向して行き、沖縄出身の少女はヤクザとのトラブルで失踪、音楽性に優れたクラリネットの少女は顧問の先生と対立し、主人公は軽音部とブラスバンドの間の中で心が揺れ動く。物語はこのような過去の話が主人公から淡々と語れる一方で、それぞれの現在の物語へと時折大きな飛躍を見せるのだが、これがまた泣けてしまうのである。


それぞれが何かを分かっていたかのような「あの」高校時代に比べ、僕たちが現在見出してしまっている現在とはいったいなんなのだろうか、そんなことを、素直に感じさせてしまう本書は、ある意味僕の周囲にいる数名の人びとにとっては危険な書物かも知れない。身に覚えがある君たち、悪いことは言わないから本書を買ってみて下さい。あんなことやこんなことが、まざまざと思い出される上に、主人公の身の上に自分を重ねてしまうこと、間違いないですよ。しかし、津原泰水氏とは恐ろしい作家である。つい最近「赤い竪琴」でこの上もない喜びを味わわせてもらったばっかりなのに、もうこれですか。。どれも傑作というか、ある種の別世界が目視で体現できる、すさまじい作品たちである。同時代に生き読んでいることが、本当に幸運と感じる作家です。