古処誠二「アンノウン」

アンノウン (文春文庫)

アンノウン (文春文庫)

自衛隊の基地内で盗聴器が見つかるという事件が起こり、調査部のエリート自衛官が基地所属の若い自衛隊員とともに謎解きをする。

これも買いたい本が見つからなかったため、既読の文庫を購入しようと思って手に取った本。文春文庫だったが、これはたしか講談社ノベルズからもともと出ていたので、2段組だった文章が普通の文庫スタイルの組みになっただけでずいぶんと文書の雰囲気が違う気がする。もしかしたら大幅に改訂が加えられたのかも知れない。この小説、というかこの作家の面白いところはおそらく元自衛官というところで、現職の現場自衛官の長い夏休みのような安穏とした、一方でやりきれないくらいの閉塞感に包まれた、ある種暗澹とした生活を、それは見事に書ききっているところなのである。事件自体は、某国の陰謀や政治的内紛など物語的に盛り上がりを見せる展開を全く見せず、極めて日常的な世界にその結末を見るという、極めて凡庸なものである。しかし、その陳腐で涙ぐましい日常の世界が、今まさに自衛官と呼ばれる公務員達が直面している世界であるという視点は、これは端的に新鮮であった。その新鮮さにもいろいろあって、宿舎が6人部屋であったり、自動車事故が重大な失点になったりすることは、ああなるほど警察官のようなものかと感じたりするのだが、裏山を探索中に17時、つまり国旗降下の時間になると、それまで極めて理性的に話していた調査部エリートが微動だにしない姿勢で国旗掲揚をはじめたりするところは、なかなか興味深い。ある意味、現場自衛官の基礎的業務とその悩みや鬱憤を、ミステリーの形で綴ったものとも読め、これはなかなか価値があるのではないかと思った。しかし、以前読んだ記憶に比べ、ずいぶん読みやすくなったなあ、とも感じた。もうちょっと味の濃い記述だったような気もするのだが。また、解説でなんだか品のない言葉遣いをする人が自衛官が如何に閉塞されているか、敬われていないかこれを読んで思い知れなどと書いているが、これは的はずれではないか。どの職場にも鬱憤ややりきれないことはあるのであり、自衛官が任意登用である以上、これは当たり前のことなのである。むしろ、公務員だからこそこのような鬱憤が表に出にくい、と言うだけであって、それ以上のものでもない。現場の人間は環境に文句を言うのではなく、そこにいる以上は自らの努力と責任で現場を変えて行くくらいの気持ちが必要なはずだ。これは図らずも著者が作中人物に語らせている内容なのだが。その意味で、サラリーマン小説としてはとても好感が持て、共感できる作品になっているのである。著者は確かもう一本自衛官ものを書いたあとは、極めてシリアスな戦中小説に移行し、現在はそちらの分野で「純文学作家」として認められていると思う。このような楽屋落ち小説に限界を感じたからなのではないかな。