S. J. ローザン「天を映す早瀬」

天を映す早瀬 (創元推理文庫)

天を映す早瀬 (創元推理文庫)

アジア系アメリカ人女性と長身コーケイジャン男性二人の私立探偵のチームが、その女性の知り合いに頼まれ香港に飛んで簡単な仕事を片づけるはずが、思わぬ大騒ぎに巻き込まれるはなし。

いつもはクールで静かな探偵小説のはずのローザンのシリーズだが、今回は何か変だ。おかしいなあと思いながら読み終わったのだが、読み終えて腑に落ちたのは、これはおそらくロマンス小説というやつなのだろうという事である。異国に飛んだ二人が異文化体験の中で自意識を過剰に認識し、その異化作用の中でお互いの恋愛感情が高まり、その高まりを煽るように突発的な事件がおこり、かつ、女性の前には一見不格好な物の実はとっても素敵な男性が現れる。これはあれですよ。「ハードボイルド小説」の女性版というやつだなあ。だからこそ、全編に何ともいえない馬鹿馬鹿しい雰囲気が流れるのである。基本的には女性の自己中心的な自己実現が主題の自己愛小説なので、物語の構築など何の重要性も持たない。事件も突発的に発生し、この盛り上がらない雰囲気を作者はどのように改修して行くのだろうかと思ったら案の定全く改修せず、でもそれではお話は成立しないので好意を寄せる男性が(死なない程度に)蹴ったり殴られたりし、それをもう一人の素敵な男性と救出、ダブルバインドの中で物語はなんとも苦しい展開を見せ、事件はあっけなく解決、お約束のカタルシスを向かえるのだがこれが一向に盛り上がらない。まあ、これはロマンス、ファンタジーなのだから、とやかく言わずに読んでしまえばよいのだが、突然このような小説を書いてしまった作者の変貌は非常に不思議である。物語がこのようにしまりがないためか、文章にも端的にエキゾチックというか、オリエンタリズムとしか言いようのない稚拙な表現が頻出し不愉快である。中国人は皆寡黙なのであろうか。中国人の高齢者は皆自然の摂理になぞらえた不思議な隠喩で話すのだろうか。今までの作品は本当に質が高かったのだが、不思議でならない。こころなしか、朝倉めぐみ氏の挿画も切れがないように見えるのは気のせいか。