柳広司「はじまりの島」

はじまりの島 (創元推理文庫)

はじまりの島 (創元推理文庫)

英国海軍船ビーグル号に乗船した若きダーウィンは、その長旅の終盤においてガラパゴス島に数人の乗組員と上陸するのだが、その不思議な生態系に囲まれた環境の中で不可解な状況下における殺人が連続して発生してしまう話。

新刊書でほしいと思う本が無く、かといって晶文社のシリーズを2500円も出して買うお金もない。できれば文庫で間に合わせたい。手元には読んでいない本が無く、このままでは電車の中で発狂してしまうかも知れない。そんなときにすることが、以前図書館で借りて読み面白かったものの文庫を購入するということで、そういう場合なるべく新刊の文庫を買うことにしている。そんなわけで「はじまりの島」を再読。やっぱりおもしろいなあ、この人。極めて硬質な筆致に非常に構築的な構成を持つ、なんとも歯ごたえがありややもすると味気なくなってしまいそうな物語を書く人だと思うのだが、その内容のアバンギャルドさはこれは結構大したもので、最近の推理小説作家の中では一、二を争う腕前の持ち主でもあり、素晴らしい作品を書き続けている人だと思うのです。本作はガラパゴス島での事件でもありいわゆる進化論的な側面が鍵になってくるかと思ったら実はそうでもなく、イギリス人の植民地支配とその結果起こった文化の混淆と混乱が物語の支柱となって立ち上がってくる。いわゆる推理小説の一つの特徴は、それが本質的に物事のあり方を脱構築し(つまり、ある視点から見たら密室だけど違う視点から見たら全然密室でなかった、という感じ)、よって「事実」の多重性を強く打ち出して行くところだと思うのだが、その特徴を強く物語の本質と結びつけているのが柳氏であると思うし、特にこの作品には素朴な形でそのような構造がはっきりと打ち出されているように思う。つまり、やっぱり非常に楽しめたと言うことです。早く新作が読みたいなあ。