朝暮三文「ポケットは犯罪のために 武蔵野クライムストーリー」

電車内で作家らしき男から原稿を置き引きした男が、その内容を友人に語るという形式を取る連作短編小説集。基本的には武蔵野を舞台にした、売上金強奪事件や誘拐事件、遺言状の紛失事件などが語られる。

「殺しも鯖もMで始まる」という、なんだかわかったようなわからないようなタイトルの推理小説が、なんとも諧謔に満ちた面白味に溢れていたので本作もすかさず購入。なんだか不思議な雰囲気がとても楽しかった。物語自体は短編集ということもありわりとあっさりとした一本道の構成で、ひねりもあんまり感じられないが淡々として涼しげでありリズムも良くてとても楽しい。この手の短編集に当然のように見られる構成的な仕掛けも、まあ面白いのではないですかといった感じでなんとなく楽しめる。しかし、本作の最大の魅力は、おそらく朝暮氏自体の魅力とも思われる「なんだかよくわからない」ところで、正直最初の話はなぜ事件が発覚したのかよく分からないし、物語全体にクリーニング屋がどのように関わっているのかもよく分からない。いや、少し考えれば何となく理解はでき、そしておそらくそれはたいしたことでも無いのではないかという予感もするのだが、まあいいか、と思わせる雰囲気がやはり朝暮氏の魅力なのである。そういえば「殺し〜」も本当におもしろいのかよく分からない作品だったなあ。その、なんともぼんやりとしてつかみ所が無いのだけれども、それでもやっぱり読んでいて響くところがあるのは、そもそもの文章の美しさにも拠るところが大きいと思う。多少硬質で切れがあり、リズム感のある文章で良く訳の分からないことを書かれると、なんだかとても気分が良くなるのはなぜか。非常に得をしている作家だなあ。