マイクル・Z・リューイン「季節の終わり」

季節の終り (ハヤカワ・ミステリ文庫)

季節の終り (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ある銀行家から、妻が旅券を発行しようと思ったら出生届が偽造されていることが分かり、出生に疑問を持った妻が錯乱しているので助けてほしいと依頼された私立探偵のサムスンは、同時に不思議な依頼人を抱えつつ調査を進めるが、進めるうちに事実と記憶の糸は入り交じり、不思議なもつれとつながりを見せつつ、人が一人死ぬ。

相変わらずの見事な探偵小説。明るい自己卑下を繰り返すサムスンの言葉は読んでいるだけで心が明るくなる。例えばこんな調子。「ロジャーとの話しあいで、わたしの気分はすっかり明るくなった。ロジャーがどんな人間であるかは知らないが、依頼人を絶対に裏切らない山犬が高貴な山犬であることだけはたしかだからである。」物語自体は細部が徐々に全体を構成する、多少分かりづらい構成であるため、ある時点で思わぬ事実が発覚した時に、これは一体誰で何だったのかと首をかしげてしまうこともある。でも、登場人物は親切にも表紙の裏側に書いてあるし、すこし戻れば分からなかったことも思い出せる。とにかく、この落ち着いた雰囲気と語り口、そして基本的には人間の心に対する明るいまなざしに、読んでいて心が穏やかかつ明るくなるのである。