筒井康隆「パプリカ」

パプリカ (新潮文庫)

パプリカ (新潮文庫)

他人の夢に入り込むという技術を持って日本の精神疾病治療の最先端を行く研究所のエース研究者の女性は、その手法が合法化する以前にモグリで精神治療を行っていたのだが、ある日再びその治療を行うことを上司に迫られる。一方でもう一人の天才研究者は機材を使用せずに他人の夢に入り込む機械を発明してしまうのだが、その結果研究所内の政治的争いやら個人的なエゴの激突やらに巻き込まれることになり、結果なんと日本が破滅の危機に陥ることになる。

筒井康隆氏はこの小説を上梓した後に断筆したとのことだが、もしかしたらこんな小説しか書けなくなってしまったことに絶望して断筆したのではないか。ここには残念ながら「家族八景」や「七瀬ふたたび」、そしてもちろん「エディプスの恋人」のような鮮烈で切れ味のある文字の連なりは無く、なんとも退屈でご都合主義的な、つまり発想にジャンプ力の感じられない文章があるのみである。全体としてはそれなりに面白く読むこともでき、幼児的な性描写に不快感をおぼえることさえなければ最後まで読み通すことは難しくはないが、あの、筒井氏の異常に破壊力がありながらも切れ味鋭い文章の冴えを期待すると、残念ながらがっかりしてしまうことは否めない。というか、テーマ設定のせいかもしれないがあまりにも古くさいよね。ある種のファンタジーサイバーパンクの世界のお話だけど、これは80年代に書き尽くされてしまった感もある。例えば(例えの相手が悪いかも知れないが)ルーディ・ラッカーとかギブソンとかに。また、お話の展開はすぐれてアニメ的であるが、その意味でも「老人Z」や押井守の諸作品に追随することすらかなわない。なんとも面白くないなあ。