松尾清貴「ルーシー・デズモンド」

ルーシー・デズモンド

ルーシー・デズモンド

戦時中の特務機関のあやしい策動から幕を開けた物語は一気にポストバブルの時代に飛ぶのだが、そこではHIV感染者が内臓をくりぬかれた後に河に流されるという連続殺人事件が発生していた。その殺人事件を捜査する刑事や関係者にはつねにLD,もしくは<ルーシー・D>という符丁がつきまとい、それが被害者か犯人か、男性か女性か、はたまた一人の人間を指し示すのか示さないのか、曖昧なままに物語は進行する。

「簡素な生活」を読んだ時にはこれは間違いなく芥川賞だと確信し、また予想通り芥川賞はおろかいかなる賞にもひっかることなく終わった著者の第二弾長編。前作は本当に良くできていたのだが、本作は同じ人の作とは思えないほど文章に粗が目立ち大変に残念である。全く意味のない衒学的な記述は、そもそも衒学的、ペダンティックと言いうるのかどうか、例えば京極夏彦氏の、はたまた西尾維新氏の作品を読んでいると強く思えてならないのだが、本作にもそれらと同じ雰囲気を感じざてしまう。その「ペダンティズム」が本作の骨格的要素を成立されている以上、物語全体へののめり込みは浅い物とならざるを得ない。やはりそもそも、現代的な女の子や男の子の話し言葉の書き込み具合に難があり、極めて硬い感のある地の文とのバランスが悪く、全体的な文章の質を落としてしまっている。なんだかなあ、こういう思わせぶりで、その実なんにも存在しない小説には、うんざりなんだよなあ。こんな若手の書くような文章をまねしなくても、充分時代遅れで重々しくすばらしい文章が書ける人だと思うのだが。売れないと思うけど。