筒井康隆「愛のひだりがわ」

愛のひだりがわ (新潮文庫)

愛のひだりがわ (新潮文庫)

親父は逃げだし、母親は病気で亡くなってしまった左手の不自由な少女愛ちゃんは犬と話すことが出来るのだが、絶望的な境遇を逃げ出し親父を捜す旅に出る。その道すがら、ご隠居が勝手についてきたあげく殺人を犯したり、暴走族に襲われた女性が行方不明になったり、犬の大群とホームレス生活をしたり、DVの被害者の女性が詞を書いたりするはなし。

筒井康隆といえば「断筆宣言」の意味不明さとその後のなんとも形容しがたい俳優活動が全く理解出来ず、しかもどう考えても良い小説なんか書いているわけは無いと思わせるご尊顔や朝日新聞に連載していた小説のあまりのひどい出来に、全く興味がわかない作家であったのだが、これは有名作品だし文庫本で580円だったので暇つぶしに購入。しまった、もっと早く読んでおくのだった。やはり作家は顔や俳優活動で評価をしてはいけない、あんなオヤジが書いているとはとても想像も出来ない叙情的で暖かくもあり冷たくもある文章は、とても切れ味良くとぎすまされている。物語自体はある種の予定調和で安心して読むことが出来るが、その舞台設定や物語の奇妙なねじくれ方は、読んでいるうちに不思議な気分の高まりを感じさせてくれる。だって、ずっと助言をしてくれた空色の髪の男の子は最後は宗教団体の盲目の教祖と恋に落ち、ご隠居はあっさり人を撃ち殺し、さがしていた親父はやっぱりろくでもなかったりするんだよ。この乾いた冷たさは気持ちが良いなあ。なんともシュールだが、物語の幹とも言うべき作劇法が非常に揺るぎなく感じられる。さすが、絶大に評価されるわけだ。遅ればせながらほかの作品も読んでみようと思う。