アーシュラ・K・ル・グィン「風の十二方位」

風の十二方位 (ハヤカワ文庫 SF 399)

風の十二方位 (ハヤカワ文庫 SF 399)

あの陰鬱なゲド戦記の作者による、ジャンルとしてはSFとファンタジーと呼ばれる短編を集めたもの。

ゲド戦記は確か小学生の時に図書館にあったので読んでみて、あまりの暗さに全く楽しめなかった覚えがある。そのころは作者の名前なんか全く記憶になく、その後ろくでもない年の取り方をして、闇の左手や言の葉の樹などを呼んで初めて、同じ作者だったのかと気づいたのを憶えている。本書はゲド戦記にもつながるいくつかの短編を含むものだが、思いの外面白かった。収録されているうちの最初のほうの話は、なんとなくSF的で、しかし同時に異世界の話をする微妙な構成で、結構面白い。読み進むうちに、それがだんだんドラッグカルチャーの影響を受け始めたとみえ、サイケデリックで破滅的な色彩が強くなり、それはそれで面白い。最後の方になると、なんだか巨匠的に自分が作り上げた世界のサブストーリー的な、極めてマニアックで、文章としてはいわゆる文学的な雰囲気が漂い始め、これが面白いことに全然面白くない。総じて言えば、真ん中あたりの遠くの星を探査しにきた探索クルー達が次々に狂気に犯されてしまう話が面白かった。宇宙飛行士が「神」を見つけてしまい、自閉症的症状を示し始める「視野」という作品は、バラードを思わせ味わい深く非常に楽しかった。しかし、原作の文章の強さだとは思うのだが、収録作品のうちのいくつかの翻訳を手がけている小尾芙佐氏の文章が素晴らしい。淡々としながらも叙情的で、とても美しい。調子に乗って今はジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの「接続された女」を読んでいるのだが、この目を覆いたくなるほど陳腐化してしまった文章に比べて、その力強さは際だっている。SF業界の評判はよく分からないが、浅倉久志氏の翻訳はどの程度のものなのだろうか。