吾妻ひでお「失踪日記」

失踪日記

失踪日記

言わずと知れた例のあれ。漫画家吾妻ひでおの2回の失踪とガス配管工生活、そしてアル中入院生活を描いたドキュメンタリー的作品。快作にして傑作。

「イントロダクション」からして凄くて、始めのコマの文章が「この漫画は人生をポジティブに見つめ、なるべくリアリズムを排除して描いています」。その横で主人公である吾妻が空に祈りながら「リアルだと描くの辛いし暗くなるからね」とのたまう。みなさんと同様、たけくまメモでの絶賛を僕も読み、本屋でちょっとだけ立ち読みして、その物凄いパワーは知ってはいたが、なぜか今まで購入することがなく、角川からもう一冊書き下ろしが出たのでどうせ読むならこちらから読んでみたくなり買ってみた。やはりすごい。ホームレス生活をしていて良く死ななかったなあとも思うが、そもそもなぜホームレス生活を続けるのかさっぱり分からない。この、分からないという感覚がとても面白くて、それでもやっぱりホームレスを続ける気持ちは、そこにあるはずだとの感覚も、なぜかなんとなく伝わってくる。しかもそれがやたら完成度の高い漫画として描かれるものすごさは、これはなんとも曰く言い難い。2回目の失踪生活中にはなんと働いてみたくもなってしまい、住み込みのガス配管工として働き始め、しかも会社の社内報に4コマ漫画の連載まではじめてしまう。この4コマ漫画がまたたまらなく面白い。アル中入院記録は、それにくらべるとなにか淡々としているなあと思ったのだが、その突然の終わり方には背筋がふるえる。これは石川淳というか、永井荷風というか、そんな世界。とても素敵。では、今回の直木賞失踪日記で決定ということで。