藤崎慎吾「クリスタルサイレンス 下」

クリスタルサイレンス〈下〉 (ハヤカワ文庫JA)

クリスタルサイレンス〈下〉 (ハヤカワ文庫JA)

火星から出土した異星人の痕跡と思われる物体を調べていたら、基地の周りを結晶状の物体に取り囲まれ、しかもその物体から照射される球形の力場によってきちは外の世界と物理的に断絶される。そこに閉じこめられた女性考古学者と、なぜか彼女に恋心を抱く人工知能体のおはなし。

上巻ではサイボーグ戦士達の清く正しい宇宙戦争風景が印象的に描かれたが、下巻ではぐっと時代は現代にちかづき1980年代的サイバーパンクというか、電脳世界における闘争が描かれる。物語の主要な展開は電気的な仮想空間で起こり、ウィリアム・ギブスンを思い起こさせなんとも懐かしいが、残念ながらそれ以上の物ではない。サイバーパンクはカテゴリーと言うよりはギブスンの文章の特徴であったという考え方をとれば、むしろ当然なのだが。しかし、一方でルーディ・ラッカーのような、ギブスンとはまた異なった次元である種のサイバーパンクを描いていた人もいる。本作はウェットウェアなど、ラッカー的な世界も下敷きにしているのではないかともおもわれたが、残念ながらその意味でもラッカーには遠く及ばない(そういえばどちらも主要作品の翻訳は黒丸尚氏だったか?)。ホワイト・ライト(これは残念ながら翻訳と装丁が原作の雰囲気を台無しにしている。原作を読んで本当に感動したなあ。だって、ラリった数学者が巨大ゴキブリと数学的無限の世界を旅するんだよ。しかも文章はしっとり落ち着いているんだ)に感じられたグルーブ感と不思議な静けさみたいな感覚が生み出す不思議な感動は、ここにはほとんど感じられない。根本的に、いわゆる「新本格」と呼ばれた人々のある種の作品にも言えることだが、台詞がちょっと没入して読むには厳しいんだよなあ。。しかし最初に表れたギーガー調の生物たちはいったい何だったのか。「鳥獣ギーガー」という漫☆画太郎の破滅的な作品(傑作だけど)を思い出したが、ここでは全然関係がない。ああ、しかし今日はわれながら機嫌が悪い。良くないなあ。