日向亘「世紀末大バザール 六月の雪」



ノストラダムスの予言に乗っ取り世界の滅亡へのカウントダウンを個人的にはじめた無職の青年は、なにかからの逃亡生活の末大阪泉州で探偵として雇われる。雇用主は多国籍かつ他業種の集団で、彼ら彼女らは建設途中で放棄された現場を勝手に乗っ取り、一種のユートピア的な商業施設兼住宅のモール「太平天国」を作り出していた。そこで生じた二人の子供の失踪事件、土建屋で起こった不思議な密室傷害事件などを追っかけるうちに、青年はアジアの近現代史が生み出した陥穽に陥ってゆくのだが、そこは不思議に神話的な世界でもあるのだった。

鮎川哲也賞佳作となった作品。当該年にはそれ以上の入選は無く、本作が事実上の最優秀作だったらしい。帯に山田正紀が極めて好意的な一文を(解説からの抜粋として)寄せていたため購入。衝撃の傑作であった。物語はおそらくアジアの某国で虐殺される親子の描写から始まり、なんだかとっても嫌な予感が漂うのだが、2頁も読み進むと物語は本題に突入し、なにか虚無的で分裂的な青年の独白調の、軽くて口当たりが良く、ついでに多少のナルシスティックさと幼児性も漂う、つまり「ハードボイルド」的な文体で物語は展開する。ところが、巻き起こる出来事は少年の失踪であったり土建屋に糞便が投げつけられたりと、いたってどうということはなく、なんとも関西的な雰囲気の中で狂騒的に登場人物が動き回り、なんだかあわただしく騒々しい。と思っていたら、物語前半で起こった密室事件を、登場人物の一人が某有名ミステリから引用したトリックで解決してしまい、大きく肩すかしをくらった気分のまま後半に引きずりこまれ、あれれと思いながら読み進もうとした瞬間、物語は異常なテンションの高まりを見せ、一気に神話的とも言える展開を見せて終盤にもつれ込む。これはとっても不思議な作品で、なんとも形容のしがたい魅力と味わいを持っている。誰にでもお勧めできるとはちと思わないのだが、しかし読むだけの価値があることは間違いない。なぜ作者がこのような文章を書こうと思ったのか、それが非常に気になるところでもある。本作といい、森谷明子氏の作品といい、鮎川哲也賞はときとしてかくも味わい深く深みのある受賞作を輩出するなあと感心してしまった。これはやはり選者の力量故なのか。