小路幸也「キサトア」



どことも知れぬ海辺の街にすむ少年アーチは、日の出と日没とともに交互に寝起きするという不思議な体質を持つ双子の妹キサとトア、そして風の運行を直感できる「エキスパート」の父フウガとともに穏やかな日常を暮らしているのだが、そこに大人達の反目や「双子岩」の事件、さらなる「エキスパート」の赴任と調査、幽霊の出現とメッセージの解読など、多少日常を揺るがす出来事がおこり、友だちは離れて再び集まり、老人は死んだかと思えば死なず、逃げた男はプレゼントを贈り、家族は旅に出かけ帰還する。

物語自体は淡々と進み、章立てに表れているように細かに分節された物語がそれこそ日常的に起こり、なにか一つの大きな物語に従った「物語的な」進行があるわけでもなく、なにかこれといって大きな転換点や物語の盛り上がりがあるわけでもない。しかし、読みながらそして読み終わった後に心に浮かび上がることは、不思議と色彩が強く、印象的な場面が多いのである。出来事や登場人物は細かく分節され、一つ一つの挿話は必ずしも相互に関連が無く、なにか無造作に置かれているような気がするのだけれども全体として一つの力強い物語を形作る。伊坂氏の初期の作品にも似たような雰囲気を感じたのが、伊坂氏のそれが極度に構築、計算されて書かれた物だとすれば、本作はむしろのんびりとした時間流れの中で、登場人物達が出会わざるを得ない出来事に出会ったしまった結果のような、つまりとっても日常的な雰囲気がするのです。そのため、物語の輪郭はぼんやりしてつかみ所のない感じもするが、ある種寓話的な表現と相まって、気がつくと奥行きがありしっかりとした、臨場感とも言えるような毛深い手触りを感じさせてくれる。それが、おそらく読み終わった後に印象的な場面がふつふつと思い起こされる理由なのだろう。とまあ、いろいろ感じたのですけど、あまり深く考えなくてもとても楽しめましたし、いろいろ読み終わってから考えてもとても楽しかった。やわらかすぎる言葉遣いには多少油断させられるが、まんまと物語に絡め取られてしまい、それもまた楽しい。小路氏にしてはある意味非常に直球な作品であり、読み応えがありました。表紙もとても素晴らしい。