ローレンス・ノーフォーク「ジョン・ランプリエールの辞書 下」



18世紀、東インド会社にまつわる陰謀と秘密の過去を中心に、多少ぼんやりしているとしか思えないジョン・ランプリエール青年が、インド人の殺し屋や秘密結社のメンバーに追いかけられる話。

上巻の感想にも書いたが、とにかく訳文が素晴らしい。下巻に至るまで統一感のある訳文も素晴らしいが、この濃密で不必要な修飾語に彩られた、おそらく美文なのであろうと思われる原文を、ここまで読みやすい日本語に書き下ろせる青木純子氏の手腕には、とにかく脱帽する。物語自体は上巻であらかた作られた土台がゆるゆると持ち上がり、そこに老齢期にさしかかった海賊達やフランス政府の役人、片足を無くした船長などが絡み合い、物語がある程度盛り上がったところでおきまりの「ロマン派的」展開が発生、その直後に全てを押し流すかのようなエピソードの奔流にのって、全てはトイレの排水溝に流れさる汚物の様に回転しながら消え去ってゆく。まあ、とっても面白かったのだが、上述の通りこの作家は物語の構築やディーテイルを楽しむと言うよりは、石川淳のように流れよい文章と物語の勢いを楽しむ作家だと思う。つまり、物語自体がそんなにも絶賛するほどの面白さだとは思わない。しかし、この文章を原文で読んだならば間違いなく感動したと思うし、そんなことは到底出来るわけもないなかで、この訳文を読めたことは非常に大きな収穫でした。