野尻抱介「太陽の簒奪者」

太陽の簒奪者 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

太陽の簒奪者 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

2006年、水星のまわりに不思議な物体が発見されたかと思うと、みるみる円盤状に発達し水星の輪っかに。おかげで太陽からの日光が減少し、地球上では異常気象による餓死者が続出、輪っかを取り除くために国際的なミッションが結成され、よいこら水星に赴くと、これはどうやら異星人が建造したものらしい。それから物語は6ページ当たり1年程度のスピードで進み始め、水星探検のミッションの中心的人物の奮闘と、異星人とのファーストコンタクトの顛末が描かれる。

なんだかいい加減にまとめてしまったが、極めて精緻に構成され、文章も通りよく、物語のリズムもよい。SFにありがちな説明的な文章も極めて巧みに処理され、完成度は非常に高い。おもしろかった。一人の人物の高校時代から還暦直前に至るまでの経験を軸に物語は展開されるのだが、SF的な構想よりはレトロスペクティブに物語中の出来事が物語の後半に語られる構成に、むしろ物語の幅広さと奥行きを感じて心地よい。日本人のSF作家も素敵な文章を書くじゃないですか。解説に「ハードSF」と意味不明な言葉が連呼されるのが不可解だが、なにも物語をジャンルに切り分ける必要は全くないと言うことを、本作の力強さは示している。無用な言葉は作品の質を側面からおとしめるだけ、ただ言葉の連なりを楽しめば良いではないですか。あとちょっと思ったのは、SF的な物語構成(世界観の長い時間軸に渡る構成、異星人という他者的な登場人物の設定)は、本質的に政治的なメッセージ、または作者の政治的な姿勢を如実に表してしまう。その意味では本作にはさほどこころ動かされるところは無かった。でもおもしろかったからいいや。