柳広司「シートン(探偵)動物記」

シートン(探偵)動物記

シートン(探偵)動物記

「動物記」で有名なシートンさんが、新聞記者のインタビューに答えつつ、解決に動物が関係した殺人事件や盗難事件を思い出しながら語る中編集。

おそらく最近の「推理小説」の書き手の中で、もっとも才能が輝き、勢いがあって質の高い文章を生産している作家の一人は、間違いなくこの柳広司氏だと思われるが、本作も相変わらずの見事な作品でした。このような、見事な文章の生成をリアルタイムに見ることができるというのは本当に貴重な体験であると思う。今同じような感覚を感じる作家は、ほかには奥泉光氏や鳥飼否宇氏くらいなものか。ほかにも当然素晴らしい文章の書き手はいるが、例えば青来有一氏はほとんど作品を書かないし、水村美苗氏に至っては7年に1作しか書かないので問題外である。さて、物語はというと極めて古典的な謎解き話で、様々な事件の本質が動物の性癖によって明らかにされるというもの、その過程にシートンさんの動物に対する細やかなまなざしが描き込まれる。シートン動物記は僕もほとんど読んだ記憶があるが、その内容については全く憶えていない。しかし、なんとなく懐かしさを感じさせる描写がそこここに見られ、なんとも心地よい。文章も調子よく、多少堅めに見えて実は自在に変化する。柳氏特有の現実を揺らがせるような、構築した世界を自分でたたき壊す衝動は本作にはほとんど感じられないが、動物の目を通して人間が見た現実が描かれるという構図には、そのベクトルをなんとなく感じさせる物がある。基本的には落ち着いて読める、良い作品でした。