山田風太郎「明治波濤歌 上 山田風太郎明治小説全集9」

明治の始まりから中盤にかけて、歴史の中に行き来した人々に焦点を当て、それぞれの人生の顛末を中編小説にあつらえたもの。本巻では威臨丸の乗組員であった吉岡艮太夫、北村透谷と南方熊楠樋口一葉の生涯が語れる。

どこまでが本当でどこから嘘か、全く分からないことがこの中編小説群の一番の魅力であろう。それは、推理小説において現実と非現実の狭間が漠然としてゆく現実の多面的解釈、もしくは久間十義の「聖マリア・らぷそでぃ」における末尾の「編集部注」にみられる現実の構成主義的解釈に、非常に似通った図式を感じさせる。樋口一葉が相場師に千円の借金を申し出た。ここまでは本当にあったことらしい。しかし、それがみどりという少女が異国に売られることを阻止するためだったのか、そもそもみどりという少女が本当に存在したのか、しかも、その少女には信如という後に僧侶になる出あろう少年の思い人が存在したのか、おそらく本当ではない。この、本当に行われたことが気がつくと小説の中のエピソードと渾然となり、なにかえもいわれぬ不思議な世界を構築すること、これがこの時代の山田風太郎氏の小説の大きな魅力である。といっても、樋口一葉のエピソードでは、やっぱり最後は超人的な忍者が悪を叩ききり、しかも密室殺人に仕立て上げて大円団に突入してしまうなど、あいかわらずいわゆる山田風太郎的なテイストも充溢していてとても楽しい。