奥田英朗「サウスバウンド」

サウス・バウンド

サウス・バウンド

元左翼過激派で現役アナーキストの父を持つ少年は、その父の以前の仲間が起こした事件のため一家そろって沖縄の離島に移住する。そこでも相変わらず父を中心とした騒動が勃発し、ダイナマイトが爆発し、囚人は脱獄し、犬はひき逃げされ、両親は逃亡する。

東京から沖縄の離島に移住するまでを描いた前半戦は、狂気に相対する狂気の話である。父親の夢のようなアナーキスト論も狂気であれば、少年が遭遇する学校での様々なトラブルも狂気であり、その他様々な挿話に漂う雰囲気も、正気になり損ねた狂気が捲き起こすものといった感じが漂う。しかし物語の中に置いては全てはお祭り騒ぎのような、祝祭的というか、我を忘れてしまう勢いの中に全ての物事は起こり、我に返るまもなく大きな狂気の瞬間がやってくる。ここにおいて、果たして狂気と感じていた物は本当に狂気であったのか、少なくとも、正気の追求の果てにこのような狂気がやってきてしまったのではないかと、何となく暗い思索にとらわれてしまうのだが、そんなことを考えているまもなく家族は沖縄の離島に移り住み、ここでの出来事は今までに輪をかけて祝祭的である。ここに至って物語はむしろ神話的な展開を遂げ、人間の試みは失敗し、敗北の果てに未知なる楽園に旅立ってゆく。これは、正気が狂気に敗北する話であり、一人の人間が多数の人間の狂気に殺される話である。それを語る少年の視点はあくまで冷静ではあるが、なにかその冷静さは理想と現実という、言葉にするとあまりにも単純な二項対立の虚しさを一身に引き受けたとでも言うような、寡黙な敗北感を感じさせてしまうのである。とまあいろいろ考えたが、とても楽しい素敵な本でした。リズムも良いし、登場人物たちの造形も秀逸。特に、ユダヤ人を自称する働かないカナダ人はとても良い。前半戦はあくまで常識人と思わせたお母さんが、話が進むに連れどんどん過激になって行くのも楽しい。とても素晴らしい本でした。