山田風太郎「ラスプーチンが来た」

後の陸軍大将で台湾総督の明石元二郎の青年時代を舞台として、乃木希典家に起こった不思議な事件を起点に、没落貴族の娘や乃木希典家の下男、妖しげな祈祷師から、二葉亭四迷森林太郎チェーホフからラスプーチンに至るまで、明治期の奇人と怪人が続々と登場する不思議な話。


基本的には、没落貴族の娘である雪香という女性を中心に物語は展開する。この、極めて清楚で可憐な女性として造形された人物は、どう考えても自らの不用心さと世間知らずさから招いたとしか思えない危機に何度も陥るのだが、そのたびに明石青年が手をさしのべ、救出に努めることになる。そのうち、この女性の陥る状況の異常さはどんどんエスカレートし、挙げ句の果てにラスプーチンにまで目をつけられてしまう。たとえどんなに魅力的に描かれようとも、ここまで自分からあやしい局面に踏み込んでいってしまう女性はそうとう間が抜けているか性格に問題があるのではないかと思われるが、それでも明石は救出の試みをやめようとはしない。


物語も後半になると、明石のこの女性に対する情熱の出所が出所がさっぱり判らなくなるのだが、おそらく作者もやりすぎたと思ったのか、最終局面に至っては物語はちゃぶ台をひっくり返したかのようにはちゃめちゃで破綻した、良く訳の分からないドタバタ騒ぎの中に回収されてゆく。こんな調子なので、山田風太郎氏の明治物の小説の中では、おそらくそれほど傑作とは言えない出来なのではないかと思うのだが、しかし相変わらずの飄々として無理なく無理な事柄を納得させてしまう筆の運びは全編に感じられる、とても良い物語でした。なんといっても、ヒロインたる女性の性格と行いがどんどん破綻して行き、それにつれて物語も破綻してゆくところが素晴らしい。面白かった。