山田風太郎「明治バベルの塔 万朝報暗号戦」

黒岩涙香が主催する新聞に掲載された懸賞暗号とそれにまつわる幸徳秋水田中正造のエピソード「明治バベルの塔」、清国との講和会議での清国全権大使を銃撃した男の顛末を夏目漱石文体模写で描いた「牢屋の坊っちゃん」、牛鍋屋で一代を築いた男が関連事業の火葬場で四苦八苦するはなし「いろは大王の火葬場」、幸徳秋水の姿を上半身、下半身、背中、大脳皮質から描いた「四分割秋水伝」の四編を収録。


これはものすごい。山田風太郎といえばエッセイ以外は忍法帖と警視庁草紙しか読んだことが無く、警視庁草紙は素晴らしく面白いと思ったが忍法帖は素晴らしく馬鹿馬鹿しいがそこまでのものとは思わなかった。それでこの本が古本屋で200円だったので読んでみた。目から鱗とはこのことである。こんなに格調高い小説を、こんなにも豊かな発想で、瑞々しく書ける人だとは知らなかった。これは、なんとも遅すぎたことに残念な気分を感じる一方で、非常に嬉しい発見だった。こんなに素晴らしい文章をまだ読んでいなかったとは。これでずいぶん楽しむことができる。


とにかく、文章が素晴らしい。物語も、大上段に振りかぶることは無いが、なにか極めてしっかりとした視線と落ち着いた構築が、非常に安心感があるとともに読み応えを感じさせる。とにかく達者、とにかく上手い。さすが、朝日新聞に「あと千回の晩飯」を連載中に癌がみつかり、「あと千回くらいの晩飯かと思っていたら300回くらいになってしまった」とぬけぬけと書くだけのことはある。これは嬉しい発見だった。とりあえず次は「ラスプーチンが来た」でも読んでみようかなあ。