夢枕獏「陰陽師 太極ノ巻」

陰陽師 太極ノ巻 (文春文庫)

陰陽師 太極ノ巻 (文春文庫)

相変わらずの、安倍晴明源博雅の二人を狂言回しとした、のらりくらりとした怪異譚。夜中になると怪しく光る虫が飛び回って困惑する僧侶のはなし、50年前に失踪したと思われた坊主が突然あらわれたはなし、東国から来た人が鬼に襲われるはなし、廃屋でのきもだめしのはなし、都であいついだ事故の原因と不思議な聖人のはなしの、計6編収録。


いつも通りページ数当たりの文字数は少ないが、いつも通り非常に上質で、ゆるやかな時間の中に物語がただよっているような不思議と気持ちの良い気分にさせてくれる短編集でした。物語の構成はほぼ同じ、起きる出来事も大したことはなく、起伏があるわけでも大きな展開があるわけでも、また、決まり切った行動をするテンプレートのような登場人物が大挙して出現するわけでもない。


おそらく、このマンネリ感と焦らず急がない物語の作りが、非常に落ち着いて静かな物語の時間をとても洗練されたものとしているのだろう。あまりに読み応えがないかも知れないが、そもそもこんな涼しげな文章を書けるということ自体の迫力は充分に感じられる。肩の力が抜けきっている感じは、極めて高い技術の現れなのではないか。ところで、相変わらず後書きで、「最近では、小学館の「テレビサライ」で「大江戸恐龍伝」という、とてつもなくおもしろい物語の連載を始めてしまった。」などと、他社に連載している自作の宣伝をしているところもすばらしい。