伊福部達「福祉工学の挑戦」

聴覚障害を工学で支援するという、医療工学の分野から研究を始めた筆者が、その後指先で音声を感じ取るディスプレイや、コウモリの視覚認知を利用した視覚障害者のための視覚援助デバイス、人工内耳や音声の同時文字変換技術など、いわゆる福祉工学という分野に置いて研究してきた内容の成功と失敗をまとめたもの。


もともと聴覚ならびに音声に関する研究から出発しただけあり、その分野に関する記述は多少専門的であり、あんまり良く理解できない。しかし、それらの箇所をぜんぶすっとばしながらよんでも、非常にわかりやすく、しかも読んでいてわくわくする素敵な本でした。研究者としての目のつけどころや展開の方法など、感心せずにはおれない箇所は多々あるが、その中でも極めて面白いなあと感じたことが、自分が開発している技術をどのようにビジネス展開してゆくかと言うことを見据える視点が必ず研究の中に含まれているところである。


これは、福祉器機などを開発している人には非常に共感できるところだろうが、小さくて高価な技術がいくらあっても、それはユーザーに届くことなく誰も救うことは無い。安価で、共通性があり、だれでも使えるものを開発することがこの分野で強く求められているわけだが、著者はそのためのモデルも示しながら、成功と失敗体験を織り交ぜて力強く展開の道筋を描き出してゆく。ある意味、一つの機能を工学的に完成させることに熱中してしまいがちであり、技術的には素晴らしいのだが明らかに誰も使わないような製品を研究してしまうことが多々見られる工学系の研究者の中で、このような視点を、研究室の中にいながら体得したという著者の感覚の鋭さには、大変感心したと共に深く共感した。