林譲治「記憶汚染」

記憶汚染 (ハヤカワ文庫JA)

記憶汚染 (ハヤカワ文庫JA)

考古学者崩れの弱小発掘会社社長が大手ゼネコンの下請けで発掘作業中をしているなか、部下の一人が発掘物を爆破して逃走する。この事件とほぼ同時期に、人工知能を研究する極めて優秀な研究者の女性のもとに、長い間行方知れずだった妹が突然現れる。始めは夫のDVから逃れてきたと述べる妹は、ある事件をきっかけに過激派エコロジストとしての立場を明らかにする。この過激派エコロジストと発掘現場爆破犯が不思議につながってゆくなか、さまざまな事件に巻き込まれつつ発掘会社社長と研究者も行動を同じくして行き、ついには異常に巨大な事件の渦中にたたき込まれてしまう。


なんとも破天荒ではあるが、相変わらずの文章の上手さとリズムの良さでぐいぐい読ませる。「ウロボロス」に比べると、物語に多少の無理が見られる(特に主人公の二人が極限生活を迫られる場面の展開の強引さなど)が、基本的にはしっかりとした文章、しっかりとした構成が心地よく、最後まで楽しく読むことができた。


物語としては、大惨事の後の世界、過激派エコロジスト、人工知能の暴走、謎のアトランティス大陸、知られざる長寿民族など、使い古されたSFのアイディアから赤面してしまうようなオカルト的設定まで、好き放題にふくらませた感があるが、不思議と破綻した気も映画の台本を読んだ気にもならず、ほほえましいと思いながらも最後には本気でのめり込んでしまえたのは、ふと物語から自分の思考が離脱してしまうという、日本人作家のSFを読んでいてとても良くある事態が、この作品では襲ってくることがなかったためだろう。人工知能のネット汚染によって自意識に不安を持ち始める主人公など、まるでディックのオマージュの世界だが、ありがちなせせこましく無理のある物語になることはなく、しっかりとした雰囲気を作り出していてとても良い。適度な軽さと明るさが良いのかも知れない。すかさず「ストリンガーの沈黙」も読まなくては。