林譲治「ウロボロスの波動」

宇宙の彼方から飛んできたブラックホールを捕捉、「人工降着円盤」なる装置をとりつけ、エネルギーを無尽蔵に取り出せるようになった世界が舞台。宇宙ステーション建設用の巨大構造物で起きたAIの暴走の謎を解明する「ウロボロスの波動」、小惑星が予想外の回転運動を始めた訳を探る「小惑星ラプシヌプルクルの謎」、火星に侵入したテロリストとそれを追いかける治安部隊の対決「ヒドラ氷穴」、エウロパでおきた探査艇遭難の謎を解明する「エウロパの龍」、観測用ステーションで起きた地球人と火星人の文化・社会的対立と混乱を描く「エインガナの声」、天才科学者とその教え子の犯罪的研究活動を描く「キャリバンの翼」の計6編収録。


これはなかなか、なかなか素晴らしい。どうもSFというと、自分が作り上げた世界を滔々と語る一方で、物語やその物語を構成する世界に対する、なんとも恥ずかしくなってしまうような固定的な視点と、極めて保守的な世界観があらわになる場合が多いのだが、この小説の場合はそんなことを考えさせる暇もなく、物語の世界に連れ込まれてしまう。とにかく、物語のテンポが良く、口調も饒舌なのだがうるさすぎない。筆者がとても楽しみながら物語を構築していることが伝わってくる。こういう小説は、滅多に出会うことができない。


物語の設定の基底には、伝統的価値観に生きる「地球圏」の人々と、ブラックホールのエネルギーを利用することである種原始的共和主義的社会を作り上げた火星の人々との緊張関係がある。しかし、このような多少陰鬱な設定とはうらはらに、極めて明るく楽天的に物語は進行する。確かに宇宙を舞台としたSFにふさわしく、物理学的用語が頻出するのだが、ほとんど気にならない。なぜなら作者が全く解説しないからである。この潔さが良い。設定の説明にやらたページ数を消費する小説を読んでいると、なんだか設定資料集か仕様書を読んでいるような気になってしまうものね。作者による説明的な解説を必要とさせない構成は、やはり作家の力量によるものなのだろう。


また、一つ一つの話が、基本的にはなにかの謎を解き明かしてゆくという構成も、非常にのめり込んだ要因だと思う。とにかく上手くて楽しめた。非常に長いタイムスパンを舞台として用いているところも、なんだかしみじみ感じ入るところがあって良かった。これでは当分この人の小説を読むことになりそうである。また買ってしまいそうだなあ。。