山田正紀「ロシアン・ルーレット」

ロシアン・ルーレット

ロシアン・ルーレット

カラオケボックスで女性が殺された現場に駆けつけた刑事は、その死体を確認した直後、死体の主である女性がバスに乗るのを目撃する。混乱の中で女性を追いバスに乗った刑事は、バスの乗客一人一人の陰惨な過去を、不思議な形で経験する羽目になる。


思い返してみれば極めて要約することが難しい構成の小説である。主たる物語は、不可思議なバスに乗り合わせた乗客一人一人の物語なのだが、その物語に覆い被さるように、主人公である刑事と殺された女の物語が展開し、その二人の物語を、物語の構成自体が飲み込んでゆくという、なんとも複雑な枠組みを持つ。一つ一つの物語は、極めて殺伐として血みどろもしくは悲劇的な結末を持つ、おそらくホラー小説と呼ばれうる傾向をもつのだが、そう思って読んでいると最後に極めて不思議な印象が待ち受けていた。


上述の通り、小説全体の枠組みが極めて複雑で、全てを読み終わってから最初の章の意味が理解され、すると次々遡及的に今までの章の位置づけが明らかになるという、非常にミステリー的な仕掛けが埋め込まれている。この意味において、おそらく作者は充分意識してのことだろうが、叙述ミステリー的な印象がとても強い物語となっている。この多様な要素を持ち、かつ構造の複雑さもはらんだ物語の構成を、作者は後書きに置いて以下のように振り返っている。


「長編であり短編であり−−−と同時に、ホラーであって、ラヴ・ストーリーでもあって、クライム・ノベルでもあって、という小説になったようでもあります。ジャンルに拠らないこうした小説で、唯一、頼りにすべきは、現実のリアリティではなしに、小説内でのリアリティ−−−ただそればかりといっても過言ではないでしょう。」


最後のセンテンスの意味は感覚的にしか分からないが、おそらくそれはことば一つ一つの鋭さ、幻影を幻影と感じさせない表現の切り込み方、そして主人公の当惑や絶望が、まざまざと伝わってきてしまうと思わせてしまう文章の力として理解した。そして、このような感覚が伝わってきてしまうこのような物語は、やはりとても面白いのである。鬱々とした暗さに多少げんなりするところはあっても、自己言及的な構成があらわになったときに爽快感は筆舌に尽くしがたい。山田正紀氏のホラー的な文章は今まであんまり得意ではなかったが、今回ばかりは文句なしに楽しめた。読むのが遅れたのがむしろ幸せな気がする力作でした。