松尾由美「スパイク」

スパイク

スパイク

ある休日の朝、飼い犬のビーグル「スパイク」を散歩させていた「私」である女性は、同じビーグルを散歩させていた男性と衝突しそうになり、それがきっかけで小一時間会話をし、再会を約束して別れる。一週間後、約束した時間に約束の場所へ行っても彼は姿を現さない。途方に暮れた主人公が自宅に帰ってスパイクに愚痴っていると、突然予想もしなかった事態が勃発する。。


ビーグルいいなあ。小動物に対する愛が感じられてとてもよい。この小説は、恋愛小説とSFが入り交じったような不思議なお話なのだが、基本的には探偵小説的な謎解きが物語の核心になる。雰囲気は全体に落ち着き、語り口も静か、主人公の感情の高ぶりや悲しみ、喜びが淡々と語られ、極めて重みの感じられるしっとりとした文章。しかし、やはり松尾由美的であると思うのは、主人公と小生意気なビーグルの会話などに、やはりどこか洒脱で軽く、おかしみの感じられるテンポ良い言葉遣いがあらわれているところか。


主人公は物語の途中でスパイクの方が思慮深いとさっさと認めてしまうし、その思慮深いスパイクは常識が無く突拍子もないが、非常に礼儀正しく過ちを糺すことにやぶさかではない。このあたりの造形も、普通ではあれっという感じなのだが、あまりそんなことを感じさせずただただおかしく読めてしまう。また、非常に静かな雰囲気の中に、突然エロティックなイメージがあらわれ消えてゆくのも爽快だった。


物語後半になると、普通の作家ならこのあたりで物語を片づけて結末へなだれ込むと思われるところで、もう一回世界の見え方をひっくり返してくれる楽しい謎解きが待っている。この謎解きに関わる主要人物たちの設定も、再読のため十分知ってはいたのだが、それでもはっとなり、静かに昂揚してしまうような楽しさがあった。とにかく、この小説は完成度が高い。一つ一つの言葉遣い、描写が、丁寧に丁寧に書かれていることを感じる。これは良い本です。