藤崎慎吾「レフト・アローン」

レフト・アローン (ハヤカワ文庫JA)

レフト・アローン (ハヤカワ文庫JA)

火星で戦うサイボーグ兵士とその暴走を止めるための「良心」としてつきそう女性の、悲劇的な戦闘の顛末「レフト・アローン」、猫の視覚情報に倫理コードに違反してモニター機能を取り付けたばっかりに、誘拐事件の解決のため警察に酷使される研究者を描いた「猫の天使」、人間の幼児をメディアとして繁殖をはかるコンピュータウイルスのはなし「星に願いを ピノキオ二〇七八」、星々の間を行き来する人工生命体のはなし「コスモノーティス」、そして隕石と語り合うことができた画家の予言にまつわるはなし「星窪」の五編を収録。


この作者は気にはなっていたのだが、書店に並んでいる本がどちらも上下巻だったため手に取ることを迷っていた。これは短編集ということで購入。率直な感想を言えば、「猫の天使」は傑作、「コスモノーティス」は面白くないなあとおもいつつも不思議とひきこまれた。「星窪」は微妙だがカタルシスを感じ、「星に願いを」はコメディーとしか思えず、「レフト・アローン」は退屈だった。おそらく「レフト・アローン」が退屈であった主たる理由は、これがデビュー長編の前日譚との位置づけであり、その内容を知っていないと分からない部分があるためかもしれない。しかし、むりやり暗澹としてヒロイックな状況を設定し、そのなかで悲劇を展開させる手法は、物語のあり方としてはあまり好きではないのです。極めて定型的というか、面白くない。悲劇を語るのに悲劇を持ってすることほど、無理の感じられることは無い。むしろ、悲劇とは笑いの中にあったりするから面白い。


なんてことを思いながら次に読んだ「猫の天使」は、これが極めて喜劇的な悲劇を描いていて面白かった。どことなく「ペロー・ザ・キャット」を思わせるが、それはそれとして良くできている。幕切れの不思議な居心地の悪さもとてもよい。「星に願いを」は、これはルーディ・ラッカーのパロディーなのだろうか。しかし、本家が他に類を見ないほど切れてしまっているコメディーなので、ずいぶん分の悪い闘いを強いられている気がする。「コスモノーティス」は地の文の語り口調が鬱陶しいが物語の作りが見事で、気持ち悪いなあと思いつつものがたりにひきづりこまれ楽しめた。「星窪」は、異常者の呟きが現実を侵略するという意地の悪い読み方をすると、結構真に迫った迫力がある。しかししかし、どことなく、両手を挙げて面白いと語るほどの感動が感じられない。全体的に切れ味が悪いというか、稚気か狂気の少なくともいずれかが足りないというか、なんとも生ぬるいものを感じた。文章の重さが感じられないのだろうか。充分に面白いことは面白いのだけれども。