フレドリック・ブラウン「さあ、気ちがいになりなさい」

とある惑星に遭難した男が相棒と共に生きる妄想にとりつかれる話、精神病院を脱走した男の幻影におびえる二人の男の話、9つのこどもが水鉄砲で悪魔を撃退して世界を救う話、電気を吸い尽くす不思議生物に地球がとりつかれた話、人類が異星人に根絶された中動物園の動物として捕獲され一命を取り留めた一組の男女の話等、多少ありがちなれど異常な雰囲気に溢れた短編を集めたもの。


何が素晴らしいと言って星新一氏の翻訳が素晴らしい。ことば自体が極めてこなれているという良さもあるが、短いセンテンスを積み上げてゆく不思議とテンポ良く心地よい語りは、おそらく原文よりは星新一氏のことばに近いのではないかと思わせる。でもとても読みやすいのです素晴らしい。表現も良い。「町を求む」の冒頭、「建物に入ったついでに、おれは奥の部屋をのぞきこんだ。そこでは、いつもの連中がとぐろをまいていた。」「入ったついでに」、「いつもの連中」などのことばも良いが、「とぐろをまいていた」というところがすごい。まったく原文が思い浮かばない。こんな雰囲気が、この文章だけでなくこの本全てにちりばめられていて、それだけで楽しい。


物語自体はというと、じつのところそんなにオリジナルな感じがするわけでもないし、「ぶっそうなやつら」など、ほとんど同じ話をどこかで読んだ気がする(どちらがオリジナルかはわからないが)。それでも、「おそるべき坊や」や「シリウス・ゼロ」、「さあ、気ちがいになりなさい」など、どことなく狂騒的なおかしさと恐ろしさが感じられる作品が数点あり、なかなかよみごたえがあった。でもまあ、翻訳の善し悪しの問題かもしれないが、あまりにも言葉遣いが滑らかになっている分、ごつごつとした異常な雰囲気が和らげられ、読みやすいが手応えが少なくなっているのかもしれないなあと感じた。つまり、そういうことです。