森谷明子「七姫幻想」

七姫幻想

七姫幻想

織女の七つの異称である姫君の名前と、古今和歌集から蕪村までの7つのうたを組み合わせ、そのそれぞれに細やかな謎と解きあかしのものがたりを織り込んだ短編集。蜘蛛を操る姫君と大王の謎の死を扱ったはなし、姉の殺害の犯人をおとしめるために奔走する妹と知らず巻き込まれてしまった歌詠みのはなし、役目を降りた神官の娘の周囲に起こる怪異を「少納言」がおさめるはなし、隠れた里の成人の儀式にまつわる嘘と真実と過去の悲劇のはなしなど、古代から近世までを舞台としたはなしで構成される。


「千年の黙 異本源氏物語」で、その確かな文章と豊かな情感、細やかな描写と流れよいことば、そしてなによりも歳月を物語の中に取り込むことの力強さと美しさを見せつけてくれた作者が、現代ミステリーを一冊はさんで再び古典の世界でものがたりを描き出してくれた。本作も、かわらぬ豊かな情感と歳月の流れが充分に感じられる素晴らしい作品になっている。不思議なもので、歴史上のものごとを題材にとったものがたりにみられる、過剰な説明的描写や違和感を感じさせる専門用語的言葉遣いはまったく感じられず、会話文さえほとんど口語の世界で展開される。


一方で、そのなかから匂い出す世界の香りは、なにか極めて幻想的というか、華やかではないのだが現実感のない極めて抽象的な世界であり、これがある種の「時代の香り」なのだといわれれば、うっかりああそうか、と感じてしまいそうなほど、ものがたりの構築している世界への牽引力が強い。ものがたり自体は、基本的には人が死に、その死の謎を解き明かすというスタイルだが、あまりミステリ的な展開と構成に固執していないものがたりの世界もまた、心地よい。幻想的で茫洋とした雰囲気とはうらはらに、ものがたりのなかで語られるエピソードは時として残酷かつ陰惨であり、「日常の謎」的少しの不愉快と予定調和の幸せの世界を、見事に脱構築しているとも読める。全編にわたり、極めてエロティックな雰囲気が横溢しているところも素晴らしかった。