歌野晶午「ジェシカが駆け抜けた七年間について」

故あって日本を追われた日本人の監督がアメリカで主催する、マラソンランナーのクラブチームに所属する日本人女性アユミが、監督とのトラブルにより自殺、その理由を知ったエチオピア人のチームメイトであるジェシカは、深く動揺し衝撃をうける。一方で、日本で行われた大会の最中、監督は何者かによって殺害されてしまう。


歌野晶午といえば「長い家の殺人」を読んだときにはあまり迫ってくるものを感じず、他の作品も読んでいなかったのだが、「葉桜の季節に君を想うということ」に衝撃を受け、手当たり次第に他の作品を読みあさった覚えがある。この人は、珍しいことに「新本格」というジャンルをある意味強烈に体現しながら、それをあまり標榜もせず、淡々と好きなものを書いている感じがして、結果的にとても素直で無理が無い文章を読ませてくれると思う。この作品もそのような雰囲気があり、とても楽しめたし好感を持った。


読みながら犯人を当てようと思うような構成でもなく、物理的トリックに大技が使用されているわけではない。これは本当に「推理小説」なのかすらもあやしいと思う。しかし、この構成と展開は、ジャンルとしての「新本格」にしか許されていないのかと思うし、むしろ最近「新本格」と呼ぶにふさわしいのは、このような作品なのかと感じてしまうほどだった(ここでの「新本格」とは、その定義と言うよりは書いている作家を念頭に置いています)。「前代未聞のトリック」や、「新たな地平を切り開く構成」があるわけでもないのだが、それでもやっぱり不思議な感覚を味合わせてくれる。これは新奇さや異常さのなせる技ではなく、やはり文章の力や構成の力なのだろう。非常に腕の良い職人の技を見せてもらったような気がして、気持ちが良い作品でした。