柄刀一「凍るタナトス」

予想はしていたが、起き抜けに窓の外を見たら一面雪景色。日経新聞の予報欄の雪だるまのマークにまさかとは思ったが、こんなに降るとは思わなかった。受験生の皆様に黙祷ではなく激励の念を送りつつ、昨日読んだ本を忘れないうちに。人間を冷凍保存することで、将来の蘇りを期待する財団の創設者の遺体が、その願いをたたれる形で破壊され、その周辺にも殺人が発生。難病で闘病中の娘を持つ刑事が殺人者を追っかけてゆく。


これは「ミステリー・リーグ」で出版された物を文庫で再版した物で、確か読んでいないと思ったのだが読んだことがある本で、多少腹立たしく思いながらも、全く筋を憶えていなかったので再読する。物語の出だしで、いきなり登場人物の名前と職位が分からず混乱。この人は文章は丁寧に書かれてはいると思うのだが、教科書的に技巧的すぎるというか、登場人物を地の文であっけらかんと紹介することを潔しとはしないのか、名前や役職が会話文の中に埋め込まれたり、事後的に説明されたりするため、混乱してしまうことがある。文章自体も、簡潔で洗練されてはいるのだが、どこか固さがあり読みやすいとは言い難い。


しかし、ある程度読み進んで目と頭が慣れるに連れ全く気にならなくなる。正直言ってこの人の小説はあまりに説明的すぎて起伏が少なく、加えて登場人物の性格や行動がテンプレートを使用したかのように典型的すぎ、読み通すのに多少の精神的努力を必要とする場合が少なくないが、この小説に関してはそのような点は気にならず、リズムと流れの良さが気持ちよい。しかし、やはり物理的トリックやアリバイ成立の道具立てとなると、とたんに文章が説明書のようになって興ざめ。しかししかし、この小説で面白かったのは、その後の展開がその全ての道具立てをぶちこわすような、ある種破綻した展開へもつれ込むところなのである。やっぱり推理小説の良さは、この根本的な破綻と力強さ、そして物語の世界の多重性にある気がするなあ。最後まで、死体を冷凍保存して、未来の人格の再生を期待する財団が存在するという設定には疑問を感じ続けたが。だって無理でしょ。脳細胞が死滅してしまったら。