ポール・オースター「ムーン・パレス」

ムーン・パレス (新潮文庫)

ムーン・パレス (新潮文庫)

唯一の身寄りだった叔父が死に、財産もなくなり働く気もない学生が卒業直後に餓死寸前の状態でマンションを追い出され、ホームレス生活をしているところを偶然出会った女性と友人に救出される。その女性とはあれよあれよという間に恋人関係に発展、その後住み込みで働き出すものの雇い主が死亡。その後始末をするうちに雇い主の息子と遭遇、恋人を妊娠させ、中絶させたくないがために関係が崩壊した腹いせに彼と旅に出るが、途中でその息子が自分の父親だったことが発覚、逆上し穴にたたき落として致命傷を負わせる。そんなはなし。


文章は流麗(翻訳者の腕前か)、物語も息をつかせぬたたみかけるような展開を見せ飽きさせない。ことばの使い方も丁寧で好感がもてる。不思議なくらいに読み進み、あっという間に最後まで読み通させる牽引力は見事。でも、結局のところ楽しめなかった。なぜか。まず、最初から主人公の行動が理解できない、というか、理解できるようには書かれていない。そもそも卒業と同時に餓死寸前に追い込まれたのは働かなかったからなのだが、働かなかった理由が理解できない。書かれている理由は高校生の妄想程度の事柄であり、それが物語の中で何らかの展開を見せ、腑に落ちるところに着地するのかと思ったら最後までその調子。旅に出る理由も恋人を妊娠させたあげく堕胎させたくないという見事に身勝手な理由。なんというか、単に面白くない。


それならそれで開き直って書けばよいのだが、雰囲気は深遠そうな記述とはうらはらに、極めてありきたりな記述に終始する。ここには世界の複雑なあり方や物事の多面性を読み取ることは難しく、むしろ一人称で世界を自分の好きなように捉えたときの、エゴイスティックで他者の存在を許さない、なんとも居心地の悪い世界が広がっている気がしてならない。とまあ、だらだら書いたが、結局の所感想としては、かっこつけて大げさに書いているけど、そんなに大したはなしではないのではないか、というところ。なにか大きな物語の背骨のようなものを見逃しているのではないか。これは何かを暗示していたり、なにか象徴的なストーリーの現代語訳なのではないかと、多少考えてしまった。