永嶋恵美「一週間のしごと」



幼なじみの高校生の女性が、渋谷に遊びに行ったと思ったら迷子を連れて帰ってしまう。その迷子の母親と思われる女性は集団自殺してしまい、仕方なく親戚を探すうちに凶悪犯罪に巻き込まれてしまうはなし。

ちょっと、コメントに困る。というか、なかなかの出来であることは間違いがない。読み始めはほのぼのとした高校生少年少女を主人公とした、多少ドタバタした元気の良い小説かと思っていたのだが、途中でなんだか雰囲気が生々しく殺伐とし始め、終盤にかけては何か気分が陰鬱になり、読み終わった頃にはすっかり気分が悪くなった。正常な気分を取り戻すためにある程度の努力と時間を必要とするくらいに鮮烈なイメージを残したと言う意味で、この物語はなかなかの力を持つ。しかし、やはりこんなに気分が悪くなったかという理由を書かないわけにはいかないし、それはひょっとしたらこの物語を貶めているかのように読めるかもしれないがそれは本意ではなく、できればその理由を最後にまとめたい。まず、物語が不必要に人間の汚さを描きすぎている気がする。いつも思うのだが、この手の小説は、その恣意的な人間の汚さや暗さを取り除いた場合に、全く成立しない場合がある。そうではない例として、例えばコーエン兄弟の「ファーゴ」などを(映画ではあるが)思いつくのだが、不自然な人間性の暗さ以外に残るものがない。つまり、端的に悪趣味なのである。また、主人公の話し方が不自然に文語調であり、奇妙な単語を連発する一方で、同年の女性は異常に幼く、とても高校生とは思えない。その大人びた主人公は、その言葉遣いとはうらはらに間抜けな選択ばかりをおこない、全く正常な判断を行えない。なんというか、キャラクターがアニメ的というか、物語に無理がありすぎる。しかし、このような物語の整合性の無さや、悪趣味さは決してそれ自体悪いものではない。話は長くなるが、最近「Old Boy」を観た。ある先輩はこの映画を絶賛し、僕も同意したのだが、先輩の奥さんは「一体どこに共感すればよいのか分からない」と強い拒絶を示したという。そのエピソードを聴いたとき、先輩と僕で奇しくも意見が一致したのは、「共感するしないは問題ではなく、この映画はモノとして優れている」という点だった。悪趣味で、非論理的で、馬鹿馬鹿しいのだが、脚本やカメラ、音楽、映像全てが、一つの作品として美しいのだ。それならばそれで悪趣味であろうとなんであろうと素晴らしいものは素晴らしい。しかし、今回のこの作品には、残念ながらそこまでの完成度を感じることはできず、ただ後味の悪さが残った。まあ、趣味が合わなかったということなのだが。その理由が知りたかったもんだから、長々と書いてしまいました。