山田正紀「マヂック・オペラ 二・二六殺人事件」



確かネットだと9月24日に出版されているはずなのに、全く書店で見かけることなく数ヶ月が過ぎ、半ばあきらめ書けていたところやっと最近書店で発見、喜び勇んで買ってみた。いったいこの遅滞は何だったのか。広告を刷ってしまってから作者が修正したくてたまらなくなり、製本作業をストップして書き直したのか。どうでも良いことだが、出版社の苦労がしのばれる。もとい、これは「ミステリ・オペラ」と並んで一連のシリーズをなすものであり、前回極めて重要な登場人物の一人として登場した「検閲図書館」黙忌一郎が、今回はほとんど主人公とも言える扱いで登場し、二・二六事件の隠された真相と陰謀を暴きつつ、東京にカタストロフが起きることを阻止するために尽力する話。

話自体は「ミステリ・オペラ」オペラよりは一本道で、意外感には乏しく多少まどろっこしい感じもある。しかし、現実と虚構が相交わる地平に登場人物を追いやった上で、いわゆる「史実」と見られる「現実」事態を揺さぶってゆく筆力は相変わらず。むしろ、その確信犯的筆致は勢いを強め、そんなことあるはずない、、と思ってしまう感情すらをも取り込んだ上で妖しい世界を「史実」の裏側に組み立て、気がつくとその裏側がひっくりかえって表側にどうどうとたちあらわれている。物語の構成の中で極めて重要な「不可能殺人事件」があり、これが本書の「ミステリ」としての性質を担保する唯一の要素だと思われるのだが、なんだか途中でそんなことがどうでも良くなってしまっている気がしてならない。そんなことより物語はあちらこちらへと、芥川龍之介から萩原朔太郎江戸川乱歩から阿部定事件など、あちらこちらへと移り歩き、気がつけば久生十蘭中井英夫めいた夢ともうつつともつかぬ地平をさまよい始める。でも、それでも面白いから良いのだ。とにかく登場人物のけれんみといかがわしさ、そして舞台の幻想的なあり方は、やっぱり「マヂック・オペラ」の名によく響く、素敵な作品の世界を作り出している。ただまあ、これを人に勧めるかというと微妙なところで、小栗虫太郎中井英夫を楽しめる人には、強くお勧めしたい、というところ。多少、趣味的に過ぎ、香りがきつすぎるかもしれない。