山田正紀「人喰いの時代」



満州事変の数年後を舞台に、正体不明の主人公が、東京から樺太に向かう船上で不思議と物事の理由にこだわり、回答を探し出す男に出会う。その船上で起きた事件を皮切りに、北海道の各地を二人で転々としながら、いくつもの事件を解決してゆく。

まず、主人公の正体が分からない。一人称で語る物語もあるくせに、全てを教えてはくれず不思議なドリフト感とともに物語はすすむ。物事の理由にこだわる呪師霊太郎という人物も不思議な味があり、むしろ主人公よりも人間的であるというか、性格が明るくわかりやすい。この、なんだかねじれた物語の体裁は、物語全体のねじれと共に不思議な読後感を残した。全体としては、始めの五編のばらばらの物語が、最後の一編においてつなぎ合わされ筋が通ってゆくという、よくあるといえば良くある構成だが、ここでは始めの五編が最後の物語であっさり虚構のものとされ、また最後の一編は主人公の老境における妄想的な思いを題材にするという、極めてねじれたつくりになっている。このねじくれた雰囲気は、満州事変直後のざわざわしながら陰鬱な世界へと突き進んでゆく時代の流れを、なにか素直ではないのだがざらざらとした肌触りと共に伝えてくれるような気がして、とても面白かった。舞台の時代設定は異なるが、中井英夫の「虚無への供物」と共通する雰囲気を感じた。とにかく飄々としてかっこよい。山田正紀氏のミステリーにはいつも暗い鋭さを感じるが、これもとてもいい感じ。傑作だなあ。